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ひとり旅女子誕生

わたしは 旅 が好きだ

これはきっと一生変わることがないだろう。

 わたしの父は某大手旅行会社勤務をしている。
そのため、幼い頃から「旅行をすること」が他の家庭よりも当たり前な環境で育った。

 父は専ら国内旅行担当だった。
若い頃は添乗員として海外に行くこともあったようだが、
何より「温泉」が好きなのだ。
「良いお湯・うまい飯・風情ある宿」の三拍子まっしぐらな父のいる家庭で
わたしはすくすくと育った。

 わたしは「国際科」がある高校に進学した。
毎日2時間以上ある英語の授業。多い日は4時間も英語があった。
とはいっても部活動(休みがないほどの忙しさ)の推薦で進学したため、
どっかしらの時間がわたしの睡眠時間になっていたと言っても過言ではない。
(眠いときの英語は子守唄に早変わりするのだろうとTOEIC中に考えたものである)


そんな多忙×英語漬けの日々の中でも楽しみにしていた授業があった。
それは【世界文化史】という授業だった。
担当の先生は、黒烏龍茶でお菓子の消費をごまかしている
ヘビースモーカーおじいちゃん先生だった。
健康志向なんだかなんなんだか、よくJKのテンションでからかったものだ。

その授業では、古き良き西洋の建築や美術をひたすらに
先生が語っているだけのような授業だった。
教科書はあってないようなもので、
彼は自身のの旅の記録と記憶や膨大な知識をそれはそれは楽しそうに私たちに話す。

ただそんな時間。


わたしはその時間が大好きだった。


もっと知りたいと思ったことは、呟けば拾ってくれるし、
1聞いたら10以上で返ってくるような、そんな先生だった。


当時先生が熱弁していたのは、イタリアのバチカン美術館のこと。
そして、システィーナ礼拝堂に貯蔵されている盛期ルネサンスを代表する
歴史的芸術作品である「最後の審判」について、
さらにはその絵画が描かれた当時の様子や、
画家・彫刻家であるミケランジェロの人生についてである。


楽しそうに、いかにも興味を引くように
(多分彼は興味をひかせたいというよりは話したいだけだったと思う)
話す先生の様子をみながらわたしは思ったのだ。

わたしもいつか、自分の目で見てみたい。

 その後わたしは大学に進学した。前記したように教育学部だ。
大好きで学んで学んで時間を費やした英語を話す機会は
アルバイトの時間だけとなってしまった。
(当時のわたしは受験が終わってすぐに空港の出発ゲート前のレストランで英語を話しながら接客のアルバイトをしていた)

忙しい毎日だと思っていたが大学生の良い所、
そう【長期休みが長いこと】だ。
これを楽しまない理由はない。わたしは決心した。

ひとり旅をしよう。

決意してからは早かった。勉強で忙しい日々に鞭を打って、
3つのアルバイトを掛け持ちした。
5限の授業が終わってからのバイトは当たり前、
休日はバイトのはじごをして、とにかく働いては貯金をした。





高校生の時に出会った西洋の魅力に惚れ込んで、
夢にまで見た見たひとり旅は
「大学生」という自由で時間とお金を作れるわたしになったとたん
そんなわたしによってすんなり決断され、
2年越しに(あっという間に)実現してしまったのである。


ひとり旅…もうわたしはそこから抜け出せなくなってしまった。
それからというもの、当時のわたしには知る由もないほどにアクティブな自分に出会ってしまったのだ。


次回、ひとり旅のいいところについて書きます。
よければ読んでくださいませ。